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大牟田・三池のよかばんも!

大牟田・三池のよか話を綴っていきます。

 

大牟田・黒崎考 立花宗茂公の必勝祈願 [大牟田・黒崎考]

旧柳河藩志によれば、『文禄元年(1592)三月、秀吉朝鮮を討つ。宗茂公兵2350人を率いて
柳河を発す。公この日黒崎山の玉垂神社に参詣し、戦勝を祈り社前の渚より乗船す。夫れより

肥前名護屋に着陣、四月十二日出船、十三日壱岐風本泊、十八日釜山に上陸す』と書かれて
おります。

当時の状況を想えば、甲冑に身を固めた武将たちが玉垂宮境内を埋め尽くしていた様子が
目の当たりに浮かんできます。

尚、歴代柳川立花藩主の黒崎玉垂宮参詣はその後もしばしば行われていたものと思われます。
手許に「江浦村・嶋氏系譜の写し」がありますが、そのなかに二代目藩主立花忠茂公が黒崎

御参詣の途中、江浦で俄雨に遭遇された、その際嶋信安(当時禄高200石)が、忠茂公に対して
傘百、手笠百、蓑百を差し出したところ、御褒美として御弁当入の御盃を拝領した、と書かれて
あります。

この資料は、当時の御参詣が100名からのお供を連れたかなり大がかりなものであったことを
物語すものです。

立花宗茂公の必勝祈願 伝説と古墳の里「黒崎物語」

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